宍道湖につながる運河「雲洲平田船川」には、多数の帆船が往来し、昭和三十年頃までは松江との定期航路もあり、 「小路」や「かけだし(荷揚場)」などに往時をしのぶことが出来ます。切妻妻入塗家造りの家屋や、白壁の土蔵が並び、一見シンプルに見える外観ですが、 材木や塗り、襖絵、内装など、こだわっている家が多く、当時の豊かさを感じます。 木綿街道では、真面目で我慢強い、昔ながらの出雲人気質からなのか、多くのお店や工場で伝統的な物作りを今も変わらず続けています。 この町を訪れ、体験をされた方に、苦労の多い老舗の仕事を認めていただくことが、この先も仕事を続けていく大きな原動力になっていくと感じています。 まちに暮らす者が木綿街道を次の世代に引き継ぐためにしてきたことの全てが、持続可能性向上のためと言えるのだと思います。




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